【2020 新年特集】 東京特集 ~究極のクリーンエネルギー~ 水素社会への展望と課題
56年ぶりに東京で2020夏季オリンピックが開催される。五輪は7月24日~8月9日、パラリンピックは8月25日~9月6日。そのレガシーとして、新たなエネルギー=水素社会像を提示しようとしている。“究極のクリーンエネルギー”とも言われる水素。用途は多岐にわたるが、普及拡大にはまだ課題が多い。低炭素社会への圧力が強まる中、未来を動かす可能性を秘めた水素は石油販売業界にどのような影響を及ぼすのか。現状と展望を探る。
多様な資源から製造 14年にFCV市場へ投入
水素は石油をはじめ様々な資源から作り出すことができ、利用時のCO2排出はゼロ。長期間貯蔵できるのも特長だ。昨今は燃料分野での利用が注目されているが、従来から石油精製における脱硫や石化製品の添加剤としても使われてきた。
水素が動力源となる燃料電池。家庭用燃料電池(エネファーム)は09年、燃料電池車(FCV)は14年からそれぞれ販売が始まり、バス、フォークリフト、船、バイク等への展開が想定されているほか、水素発電も視野にある。関連産業の裾野は広く、高い経済波及効果を生み出す可能性にも期待が寄せられている。
東京都・水素STの普及促進 20年35ヵ所、25年80ヵ所
“環境先進都市”を標榜する東京都。14年に策定した「長期ビジョン」で、水素社会の実現に向けた取り組みを推進するとし、FCVは20年に6千台、25年10万台、FCバスは20年に50台以上、水素STは20年35ヵ所、25年80ヵ所を各普及目標に掲げた。都内を平均速度で走れば、最寄りの水素STまで普及35ヵ所の場合15分以内、80ヵ所では10分以内で到達できるという。
その具体化に向け、水素戦略会議(14年度)と水素推進会議(15~16年度)による検討を経て、東京スイソ推進チームが発足。「水素が動かす、東京の未来」と水素推進を宣言し、水素の分子量2・01にちなむ2月1日を「東京スイソの日」と定め、普及啓発に取り組んでいる。
昨年11月現在、都内の水素ST〔表1〕は固定式10ヵ所、移動式4ヵ所(JXTG以外は日本移動式水素ステーションサービス)で、このほか港、江東、品川、大田、江戸川、中央、多摩の7区市で整備中だ。
中小にはより手厚く 上乗せ補助で導入後押し
一方、都はFCVや水素STなどの導入支援・補助を積極推進中で、国の補助に上乗せしているケースも多い。また、都内の中小事業者に対しては大規模事業者よりも手厚く支援しており〔表2〕、例えば水素供給設備は実質満額補助だ。これらの助成制度は単年度事業だが、20年度までは継続されることが決まっているという。
経産省・ロードマップ提示 コスト低減へ技術開発急務
経産省は19年3月に『水素・燃料電池戦略ロードマップ』を策定。FCVは25年までに20万台程度、30年80万台を目標とし、HVと比べ現状300万円の価格差を25年ごろには70万円程度まで縮める。水素STは25年度320ヵ所、30年度900ヵ所相当へと増やし、25年ごろまでに整備費を3.5億円から2.0億円(圧縮機9千万円→5千万円、蓄圧機5千万円→1千万円、プレクーラー2千万円→1千万円、ディスペンサーは2千万円で横ばい)、年間運営費を3400万円から1500万円に引き下げる。これらの実現に向け、SSやコンビニ併設水素ST、営業時間・土日営業の拡大を推進するとしている。
一方、褐炭ガス化とCO2回収・貯留(CCS)で20年前半に水素製造コストを数百円から12円とし、30年には水素価格を30円、将来は20円にすることを目指し、従来エネルギーと遜色ない水準まで低減させる考えだ。
また同省はロードマップ目標の達成を図るため、9月には水素・燃料電池技術開発戦略を定めた。
都石も検討に積極関与 都内250坪で併設方法探る
行政が環境整備を進める中、東京石商(矢島幹也理事長)は初期から都の検討メンバーに加わり、水素ST普及促進のための提言を続けてきた。今年度からはSS経営革新新燃料情報委員会担当として垣見裕司氏(垣見油化社長・JXTG系)が副理事長に就任。以前から石油組合を代表して都の会議に名を連ねてきた同氏が中心となり、東京スイソ推進チーム員として今年度は共同PRを積極展開している。ポスターでは「東京の、それも都心部に水素スタンドを作るなら、危険物を日常的に取り扱うガソリンスタンドにお任せください」をキャッチコピーに、「水素に対する規制をガソリンや灯油並みに緩和すれば、250坪程度の都心SSで灯油の代わりに水素を供給できる」「水素STとFCVの関係は、卵が先か鶏が先かではなく“花とミツバチ”」と訴える。
一方、都環境局は今年度、同石商の組合員3社に協力を得て『SSを活用した水素ST併設に関する紹介』パンフレットを作成。「水素ST整備のためには、既存SSへの併設などSS事業者の皆様による運営参入が不可欠」などとし、関心の高まりを働きかけている。
具体的には、実在する①2面接道のSS②1面接道のSS③油外事業を営むSS|をもとに併設レイアウト、SSへの影響、整備費用などを簡易的に取りまとめた。うち①は面積960平方㍍で、軽油専用計量機と自動洗車機を廃止し、それぞれ水素ディスペンサーと水素設備を設置、②は880平方㍍で、計量機3基中1基および作業スペースを移設、販売室は一部改修する。いずれも整備期間は約1年で、工事期間中の約8ヵ月間は営業エリア内での運営になり、水素設備の搬入や据付等の際には最大7日間程度の全面休業を見込んでいる。整備費用は、国と都の補助金を活用すると①が約3億円(うち自己負担2500万円)、②が4.2億円(ゼロ)。③は480平方㍍で、通常の給油設備と整備室を廃止し、コーティング・手洗い洗車、販売室を移設。整備に約1年を要し、うち3ヵ月間は営業停止、5ヵ月は工事エリア外での営業となり、費用は4.1億円(1800万円)と算出された。
また、都環境局と都環境公社は中小SS事業者による水素ST開設支援のため、資格試験の勉強会などを「すいすいサポート」としても提供している。
5m防火塀は高い参入障壁 一層の規制緩和不可欠
水素社会は近付いているのか。直近の昨年11月に開催されたスイソ推進チーム会合では、「化石燃料由来の水素を海外から大量に運び込む」(千代田化工)、「未利用資源の褐炭から水素を作る」(川崎重工)、「再生可能エネルギーを利用した世界最大級の水素エネルギーシステム」(東芝エネルギーシステムズ)などの各プロジェクト進捗を紹介。また、トヨタは「MIRAIの累計販売台数は約3200台で、都内が800数十台」と紹介したほか、今年末には「次期MIRAIを発売し、年1万台規模を目指す」と説明した。
一方、東京石商の垣見副理事長は「さらなる規制緩和が不可欠」と強調する。道路等と水素設備までの離隔距離は5㍍まで緩和され、理論上は250坪クラスのSSでもガソリンとの併売が可能とみているものの、条件となる5㍍の防火塀は文字通り“高い参入障壁”だ。加えて「相当期間の運営補助が保証されていなければ、中小企業が自己資本で参加するのは非常に困難」とも指摘する。
東京モーターショー'19で期待を寄せた次世代FCVは次期MIRAIとメルセデスF―CELLのみ。ポスト・東京オリパラを見据えて行政やメーカーがどれくらい本気度を見せるかを見極めたい。